チャリティーアーティストよ

今回の北海道もそうだし、熊本もそうだし、台風被害もそうだし、福島だけ特別視するんじゃない!福島だってまだまだ大変だろうし、チャリティーやるからには徹底すべき!アートやるより現地に行ってボランティア活動するなり必要物資送るなりした方が助けになりますよ。
個人的な意見です。はっきりいって自分の生活で時間もお金も体力もいっぱいいっぱいだし、自然災害はどうしようもない。地球の歴史レベルで考えるしかない。

Information theater piece “(dis)communication”

最近ブラックメタルの話をしたら、gnaw their tongues(mories氏)関係再熱。なんかまた宅録で自分でも作ってみようかな。

話は変わり、次回のinformationはちょっとした挑戦をしてみます。今後もいろんな人といろんな形でやっていこうと思ってます。

2018/08/26 Information theater piece “(dis)communication”

open/19:30 start/20:00
\2000(1drink付き)
Information:
坂本拓也(シチュエーション、mariko’s voice)
小林寿代(解読)
平野敏久(解読)
高野真幸(図文作成)
中条護(図文作成)
鈴木學(シグナル)
ディスコミュニケーションは僕にとってはコミュニケーション不能不全ではなく、コミュニケーションできているかわからない、一方はできていると思い込んでいるが、それが不確かな状態。または無コミュニケーション。コミュニケーションそのものがない。自分とも。第三者にとってはコミュニケーションが成り立っている/成り立っていないと感じても。
それはもしかしたら何か既存のものを想像できるかもしれない。でもそれがそうである根拠はない。

opera : 3 persons and it

実験音楽演奏会用につくりました。進さんと竹下くんの時のarchetypeの時、なんだか感動してしまって、自分で感動したくてつくってみました。
何から何まで全く違うものだけど、間接的に創造欲を喚起させることって興味深い。

考え方そのものの新発見

ちっちゃな世界の中で恥ずかしげもなく劣化した他人のアイデアのそのままパクリや、道具、方法論だけに頼った表面的なものではない何かがないものか。どんなに珍しい道具、エレクトロニクス使おうが、ただ使ってるだけじゃ物理的にあたりまえのことしか起きてないんですよ。どんなことでもいいのでこんな考え方があったのか!ってものに出会いたいので、新企画を画策中!いくらでも批判大歓迎!考え方、扱いかたの背景の違いで表面的には同じようなものも違う認識になる

informationのこと

informationは僕のコンセプトでやっているユニットだが、なかなか人に伝えるのが難しいんですよね。なにせディスコミニュケーション、実はフィクションがコンセプトだから。
具体的になにをやっているかというと、僕が作った意味のない図文をベース、キーボード、ドラムマシン、ボイスで解読する、要するに、一般的?には図形楽譜を演奏してるということになります。
でも違うのです。何が違うのか。それは根本的に音楽をやろうとしていないのです。演奏ではないのです。では何なのか、意味不明の図形のようなものを音を使って翻訳する作業をしているのです。音そのものは手段でしかない。

僕は、何かを表に現すことをするときに使うものはコンセプトを実現する手段でしかないと考えている。それが芸術といわれるものだろうと、音楽だといわれるものだろうと、絵画といわれるものだろうと、映画といわれるものだろうと、演劇といわれるものだろうと、スポーツといわれるものであろうと、どんなものも。
なので、表面的な仮面である手段をとりはらうと、背後にあるコンセプト、思想が剥き出しになるのです。それが虚無、無内容の何かだったら。
でもです、だいたい図形楽譜とか、コンセプトとかいわれると表面にはわけわかんないアバンギャルドな、一般的?に難解なものになりがちです。しかしとても親しみやすかったり、わかりやすいものが現われたら?
informationというユニットはフィクションであり、実際に体験し、認識しているものとは一切関係ありません。